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東京地方裁判所 昭和42年(モ)24547号 判決 1968年8月28日

債権者 財団法人朝鮮教育財団

債務者 丸紅飯田株式会社

参加人兼債務者補助参加人 新宿ビルデイング株式会社

主文

一、債権者財団法人朝鮮教育財団と債務者丸紅飯田株式会社との間の東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第一、〇〇七号仮処分申請事件について、同裁判所が同年二月二一日になした決定を取消す。

二、債権者の第一項掲記事件の仮処分命令申請を却下する。

三、参加人新宿ビルデイング株式会社、債権者および債務者間の東京地方裁判所昭和四二年(モ)第二四五四七号仮処分命令申請は、参加人の債権者に対するものにつき、第一、二項同旨の部分を除いてこれを却下し、債務者に対するものについてこれを却下する。

四、訴訟費用は三分し、その二を債権者、その一を参加人の各負担とする。

五、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

債権者訴訟代理人は原決定を認可する旨の判決を求め、申請の理由として

一、債権者は昭和二年一月八日朝鮮教育の改良進歩を図ることを目的として設立された財団法人であつて、同年二月一七日朝鮮総督府より東京市淀橋区角筈二丁目九四番地七号一、山林二反六畝一五歩の寄贈を受け、所有権取得登記を経由した昭和二四年一月二〇日右土地の一部が収用され、現況は別紙目録<省略>(一)(二)記載の土地五一〇坪(以下本件土地という)となつた。その間右土地の所有権の帰属をめぐり紛争がつづいたが債権者の本件土地に対する所有権には何の変動もなく今日に至つたものである。ところで申請外財団法人朝鮮奨学会(以下朝鮮奨学会という)は、ほしいままに昭和三五年一二月一三日本件土地につき同会名義に所有権保存登記をなすに至つた。そして右保存登記は朝鮮奨学会が、昭和一九年九月一日債権者から無償譲渡を受けたことを理由に、まず土地台帳の登録名義を債権者から同会に訂正したうえなされたものである。しかし債権者は同会に対し本件土地を無償譲渡した事実はなく、朝鮮奨学会において勝手に債権者の代表者印及び債権者名義の文書を偽造して恰も債権者より譲渡を受けたように装つたにすぎない。したがつて本件土地の所有権は債権者にあり、同会名義の所有権保存登記は権原なくしてなされた実体を欠く無効のものである。

二、しかるに朝鮮奨学会は本件土地の右所有権保存登記を前提として、昭和三五年一二月二四日及び昭和三七年三月三一日の両日に、本件土地について参加人新宿ビルデイング株式会社のために建物の建築所有を目的とする地上権設定登記をなし、昭和三八年四月三〇日には本件債務者を根抵当権者とし、参加人を抵当債務者として、前記地上権を目的とする根抵当権設定登記並びに債務者丸紅飯田株式会社(以下社名を丸紅と略称する)のために地上権移転仮登記がなされた。

三、ところで昭和三八年四月九日には、参加人と債務者との間に本件土地上に新宿ビルなる名称のビルデイング新築工事を行うにつき、債務者が参加人の本件土地の地上権を担保に工事請負金額一五億円を負担し、その設計監理及び綜合施行の下に株式会社間組に主体建築工事を行わせる旨の契約が成立し、右契約に基づき同社によつて本件土地上にビル建築工事がなされ、別紙物件目録(三)記載の建物(以下本件ビルという)が昭和四一年二月現在既に完成している。

四、ところで債務者の主張する昭和四一年二月四日債権者より取付けに成功したという特約は、右両当事者の交換した覚書の一内容にすぎず、その意味は覚書全体の趣旨から解釈されるべきで、債務者主張の作成趣旨を争い、次のように主張する。右覚書作成時は本件仮処分の本案訴訟が既に係属中であり、そのような状況下に覚書を作成したのは、本案判決確定前の暫定措置として、ビル建築資金の速やかな回収をはかりたいとの債務者側の強い要望を入れ、他の条項の履行を条件として暫定的に、債務者側の投下資金回収のためという目的に限定して、本件ビルの管理を認めたものであり、右管理にあたり新入居者と契約する場合は、事前に債権者側と協議しその承諾を得ることが前提となつていたもので、債権者が右特約をもつて債務者に対し、本件ビルの管理権を包括的確定的に認めたものでは決してない。

五、本件土地は新宿駅西口に位置し、最近の発展めざましく、有名デパートその他階層ビル林立し、本件ビルの立地条件は極めて良好である。かゝる土地について偽造の文書による虚偽の登記をなし、本件土地を不法に占有して高層ビルを建築することは許し難い。不幸にして本件ビルは完成されたが、未だ債務者が株式会社間組よりその引渡を受けたのみで、参加人には引渡がなされていず、本件ビルの所有権は債務者において保有中である。

そこで債権者は債務者に対し、本件土地所有権に基づき、建物収去土地明渡および前掲各登記の抹消を求める訴訟を提起中であるが、若し本件ビルにつき債務者の処分行為を許すときは、債権者の本件土地に対する権利保全は不可能ないしは著しく困難となり、回復し難い損失を被ることになる。

よつて執行保全のため、「債務者は別紙物件目録(三)記載の建物に対し、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」との仮命分命令を申請(東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第一、〇〇七号仮処分申請事件)し、同年二月二一日右申請の趣旨と同旨の決定(以下本件仮処分命令という)がなされた。この決定は叙上の理由により相当であるから認可されるべきである。

参加人の申請の趣旨につき、参加人の申請を却下し、訴訟費用は参加人の負担とする旨の判決を求め、申請の理由に対する答弁として、参加人主張の事実のうち、債権者が昭和四三年一月二二日(二三日は誤記と認む)債務者との間に覚書(疎丙第五三号証 五一号証は誤記と認む。)を作成したことは認めるが、その余の事実を否認して、次のように争う。右覚書の作成は現時点における本件ビルの占有者、所有者がある債務者との間の暫定的措置をしたにすぎない。また参加人主張の居留民団中央本部朝鮮奨学会対策実行委員会は債権者とは別個の組織であり、あくまで任意に組織されたものであつて債権者とは関係なく、債権者が右委員会を通じて意思の伝達等を行つたことは全くない。

債務者訴訟代理人は、本件仮処分命令中「債務者はその所有名義の別紙目録の不動産(新宿ビルをさす)について賃借権の設定をしてはならない。」とある部分を取消し、同部分に関する仮処分申請を却下し、訴訟費用は債権者の負担とする旨の判決を求め、答弁として、債権者主張の理由中一の事実は不知、二、三の事実ならびに五のうち本件土地及び本件ビルの立地条件が良好であり、債務者が株式会社間組より本件ビルの引渡を受けたが、参加人には未だ引渡していないこと、債権者主張の本訴が提起され、また本件仮処分命令が発せられたことはいずれもこれを認めるが、本件ビル築造完了の日は昭和四一年五月三一日であつて同年二月完成した旨の債権者の主張を否認する。

その余の債権者主張の事実を争い、次のとおり主張する。(一)債務者丸紅は昭和三八年四月九日本件土地が朝鮮奨学会の所有に属するものと信じ、また参加人が適法な地上権を有するものと信じ、この地上権を担保に参加人との間に、大要次のような契約を締結した。すなわち、債務者丸紅はその責任において建築費概算約一五億円を支出して本件土地上に本件ビルを建築し、完成の暁には参加人の所有に帰せしめるが、参加人は債務者のため同ビルにつき抵当権を設定し、右建築費が完全に回収済となるまでの間は債務者が主体性を以てビルを管理し、入居者から受領する家賃、敷金、保証金を以て支出金員の回収に充てること、建築工事は株式会社間組に施工させること、工事請負契約その他重要契約には土地所有者として、朝鮮奨学会も参加すること等を内容とするものである。(二)債務者は右契約に基づき建築に着工し、十数億円の資金を投入して昭和四〇年一二月建築の九〇%以上を施行した際、突然同月八日附で債権者から債務者等に対しビルの建築工事差止め、並びにビル各室の賃貸禁止の仮処分申請がなされた(この申請は後に取下げられ新たに債務者のみを相手方として申請し本件仮処分命令が発せられた。)。

また同時に東京地方裁判所昭和四〇年(ワ)第一〇、八〇〇号事件として債権者主張の本訴が提起され、係属中である。(三)債務者は事の意外に驚き債権者と交渉の結果債権者から、本件ビル建設のためビルの価格に応じ土地の価格が増加したことにつき債務者はこれを招来した功労者であるから債務者に迷惑の及ぶようなことはしない旨の言明を得た。よつて債務者は債権者、朝鮮奨学会及び参加人の四者間で事態の拾収を図るため暫定協定の取付けに努力したが、遂に成果を見るに至らず、ただ債権者からは、昭和四一年二月四日「本件ビルを債務者丸紅が管理する方法により、丸紅においてビル建築に支出した支出金、管理費用、管理報酬等の回収を終了した場合と雖も、本件ビルの賃借人に返還すべき敷金、保証金その他丸紅の将来負担となる債務ある場合においては丸紅は従前通りそのビルの管理を継続することが出来る。但しビルよりの収益金は管理費用及び管理報酬を控除した残金を丸紅名義で銀行預金して保管するものとする。」との特約を取付け、また朝鮮奨学会及び参加人から昭和四一年三月三日附念書(疏乙第四号証)をもつて「新宿ビル建設資金支出に基づき有せられる貴社(債務者丸紅)の債権確保のため貴社がその名で新宿ビルを管理使用収益されることに異存ありません。但しビルの価値を高度のものとするよう最善の管理方法をお取り願います」との特約取付けに成功した。(四)右は債務者丸紅が債権確保のため自己の名で賃貸借締結等の権能があることが確認されたものであつて爾来債務者丸紅は右両特約に基づく管理権により本件ビルの管理に従事して今日に及んでいるのに拘らず、本件仮処分命令が発せられたことは失当であるから、その取消を求めるため本申立に及ぶと述べた。

債務者補助参加人訴訟代理人は、補助参加申出の理由として、(一)参加人は本件ビル建築の請負代金残債務を同ビル入居者から得られる賃貸借上の保証金、賃料等を以て弁済する約定になつているから申出人は本件仮処分決定の許否につき重大な利害関係を有し、また(二)申出人は本件ビル完成によつて債務者からの引渡をすませ、本件仮処分命令の執行に伴つて職権によつてなされた債務者名義の所有の保存登記について、その申出人への移転を求める権利を有するものであるから、本件訴訟の結果について利害関係を有すると述べ、また債務者を補助して異議申立の理由として次のとおり主張した。

(一)債権者は、大韓民国民法に準拠する非営利法人であつて、その主たる事務所を大韓民国に有する外国法人である。民法第三六条第一項によれば、外国法人で営利を目的としないものは認許されず、従つて営利能力も当事者能力もない。

(二)本件土地は大正一五年に非法人朝鮮教育会が、その会長湯浅倉平の名において、杉浦真鉄、森田彦孝から代金七万六、五〇〇円で買受けその所有権を取得し、昭和一六年非法人朝鮮奨学会に、同一八年財団法人朝鮮奨学会にそれぞれ承継移転して今日におよんでいる。もつとも右朝鮮教育会が大正一五年に所有権を取得したとき法人権を有しなかつたので、昭和二年信託的に登記簿上の所有名義を当時の財団法人朝鮮教育財団に移したことはあるが昭和一九年に右財団法人朝鮮奨学会に所有権移転登記手続をなすに当つては、右財団の同意を得ているものである。

(三)仮に前(二)の主張が認められないとしても債権者の本件土地に対する所有権は、昭和四〇年一二年一八日に発効した「財産及び請求権に関する同種の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」第二条三項に基づき完全に消滅し、朝鮮奨学会は、同日施行の「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定第二条の実施に伴う大韓民国等の財産権に対する措置に関する法律」第二項に定めるいわゆる保管者に該当し、本件土地の所有権は朝鮮奨学会に帰属することとなつた。従つて債権者の主張するが如き朝鮮奨学会が虚偽文書による土地台帳訂正及びこれに基づく保存登記手続をなしたか否かということは問題となる余地がない。

参加人訴訟代理人は申請の趣旨として、

一、(1) 債権者と債務者との間の東京地方裁判所昭和四一年(ヨ)第一、〇〇七号仮処分決定を取消す。

(2) 債権者の本件仮処分申請を却下する。

(3) 訴訟費用は債権者の負担とする。

(4) 右(1) につき仮に執行することができる。

二、債権者は自ら、又は第三者を通じて、参加人の別紙目録(三)記載の建物に対する占有を妨害し、又は参加人が同建物を自ら使用若しくは第三者に賃貸することを妨害してはならない。

三、債務者は、参加人が別紙物件目録(三)記載の建物を自ら使用又は第三者に賃貸することを妨害してはならない。

旨の判決を求め、参加の理由として次のとおり陳述した。

本件異議申立事件の目的物たる本件ビルは、参加人が注文主として、昭和四一年二月一二日工事完成と共に請負人たる債務者丸紅から所有権の移転と目的物件全部の引渡をうけ、所有者として現に権利行使中である。参加人は、丸紅に対し請負代金残債務を右所有権に基づく担保権の設定および本件ビル入居者に対する賃貸借契約の締結による賃貸借上の保証金などによつて弁済する約定上の立場に置かれているので、本件仮処分命令が認可されることとなると、これ等の権利行使を害せられてしまう関係にある。以上は民訴法第七一条前段にいわゆる「訴訟ノ結果ニヨリ権利ヲ害セラレルベキ」場合に該るところ、さらに参加人は本件土地の使用権および本件ビルの所有権を有しており、訴訟の目的物の全部が本件仮処分発令前から参加人に帰属し、同法第七一条後段にも該当する所以でもある。

以上参加の理由として述べたほか、債権者は参加人の本件ビル占有に対する妨害として、次のような行為をなしている。すなわち、債権者は本件土地の所有権を主張して、本件仮処分命令を得、参加人の新宿ビルに対する管理について容喙し、また参加人が本件ビル六階部分を適法に賃貸した朝日新聞社に対し、債権者は在日本大韓民国居留民団中央本部朝鮮奨学会対策実行委員会委員長兼副団長鄭烱和名で、又は同人を通じて、朝日新聞代表取締役広岡知男宛の昭和四二年一一月二一日付内容証明郵便を以て、過激な言辞を用いその退去を要求したほか、本件ビル賃借人日本住宅公団、東京銀行、東海銀行等に同旨の書面を送付し、入居契約の破棄と即時退去を要求し、また実力をも行使しかねない口吻で入居者に対する威嚇を行い、参加人の本件ビルに対する管理、占有を妨害し、未貸付部分の賃貸を妨害している。而して右居留民団中央本部はかねてより債権者が自己の意思を伝える機関として利用してきた団体であることは明らかな事実である。よつて参加人は建物所有権確認、建物に対する占有妨害排除請求訴訟を本案として本申請をなす次第である。

次に債務者に対する申請理由は次のとおりである。債務者は既に主張した如く、本件ビル落成と同時にこれを参加人に引渡し、その所有権を移転したにかゝわらず、債権者と結んで本件仮処分命令を執行させ、自己の名における保存登記を得るや、恰も真の所有者の如く振舞い、所有者であるとの主張を改めない。さらに債務者はさきに債権者と秘密協定を結んだうえ、重ねて昭和四三年一月二二日付覚書をもつて、未貸付部分の新たな賃貸につき債権者と「事前に協議する」旨の協定を行つた。参加人としては与り知らない右事前協議の権利を盾に債権者が新入居者の選定に介入することは容認できないところで、これは債務者が参加人との契約を無視し、本件ビルの管理並に賃貸について新たな妨害行為の挙に出たものであり、かゝる妨害は排除の必要がある。よつて参加人は建物所有権確認、建物に対する管理妨害排除請求訴訟を本案として、この申請に及ぶ。以上のほか参加人は債務者補助参加人の主張を援用する。

債務者訴訟代理人は昭和四三年一月二二日書面で本件異議申立を取下げ、債権者訴訟代理人はその取下げに同意した。立証<省略>

理由

まず、当事者参加申出の適否について検討する。参加の理由によると、参加人は、本件ビル建築請負契約に基づき、昭和四一年二月一二日工事完成と同時に請負人である債務者から本件ビルの引渡をうけた。よつて参加人は債務者に対し、右所有物件につき担保権を設定し、またその各室につき賃貸借契約を締結して入居利用者から保証金の提供を受ける等の方法により、本件ビル建築請負残代金債務に関する担保の提供やその弁済を履行する契約上の債務を負担することとなつているので本件仮処分命令が認可されると、右契約上の債務の履行が不能となり、前記所有権に基づく担保権と賃借権の設定をなす権利が害せられる結果となることを参加の要件として主張している。

よつて検討するのに、債務者と参加人間で成立に争なくまた弁論の趣旨により債権者に対する関係でも真正に成立したと認めるべき疎丙第四一号証の一、二、第四二、第四四号証、第四七号証の一および三ならびに第四八号証の一(官署作成部分の成立に争なし)、第五〇号証の一、同号証の四、同号証の五の一、二、同号証の六ないし一〇、同号証の二七ないし二九、および第五二号証、当事者間に成立に争のない疎甲第二八ないし第三一号証(疎乙第一号証の一、二はそれぞれ疎甲第二八、第三〇号証と同一)、疎丙第四七号証の二、第四八号証の二、三、債権者と参加人間で成立に争なくまた弁論の趣旨により債務者に対する関係でも真正に成立したと認めるべき疎丙第四九号証(官署作成部分の成立に争なし)ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、本件ビルはその工事完成の昭和四一年二月一二日債務者から参加人に対し所有権移転の合意が存し、同時にその引渡がなされたことにつき疎明がある。債権者債務者間では、本件ビルの所有権は債務者にあつて、いまだに参加人にはその移転も本件ビル引渡も行われていないことにつき争なく、また債務者は本件ビルの築造完了が昭和四一年五月三一日である旨主張するが、この主張を認めるに足りる採用できる資料はなく以上の主張事実は参加人に対する関係では採用できない。

次に前示疎甲第二八ないし第三一号証、疎丙第四一号証の一、二債務者と参加人間で成立に争なく、弁論の趣旨により債権者に対する関係でも真正に成立したと認めるべき疎乙第四号証、疎丙第四二号証、第四三号証の一ないし四、第五〇号証の六、同号証の九、一〇によると、参加人は債務者より移転を受けた本件ビル所有権に基づき昭和三八年四月九日締結の基本契約(疎甲第三〇号証)第五条の規定に従い、ビル工事完成と同時に約一五億円にのぼる工事請負代金設計監理代金の残債務につき債務者のために第一順位の抵当権を設定することおよび同契約第七条の規定に従い右代金等債務の弁済には、本件ビルの貸室を賃貸し、入居利用者の支払う保証金敷金をもつて充当できるよう債務者において計画管理することとし、参加人が右保証金等を債務者に対し支払うべき債務を負担していることにつき疎明がある。

以上認定の事実に照すと、本件仮処分命令が参加人の右認定にかかる債務の履行の妨げとなり、参加人の権利が害せられることは明らかである。以上の理由により、参加人は債権者および債務者に対し参加申立の趣旨のとおりの仮処分命令の申請をし、本件異議手続に参加を要求しているものであるから、参加人の参加申立は適法であるというべきである。

ところで、既に認定したとおり、本件ビルは本件仮処分命令の決定前である昭和四一年二月一二日から参加人の所有となり、債務者は所有権を有しないから、債権者は債務者に対する関係で被保全権利を有しないというべきである。

もつとも既に認定したところ及び前示疎乙第四号証の記載によれば、債務者は請負代金等の残債務の弁済を受けるため、本件ビルの貸室につき、入居者を勧誘し、賃貸借契約を締結する権能を参加人より付与され、その限度で本件ビルの管理権を有するものと認められ、本件仮処分命令の効力を受けることとなる。併し、債務者が昭和四一年二月四日債権者から「本件ビルを債務者丸紅が管理する方法により、丸紅においてビル建築に支出した支出金、管理費用、管理報酬等の回収を終了した場合と雖も、本件ビルの賃借人に返還すべき敷金、保証金その他丸紅の将来負担となる債務ある場合においては丸紅は従前通りそのビルの管理を継続することが出来る。但しビルよりの収益金は管理費用及び管理報酬を控除した残金を丸紅名義で銀行預金して保管するものとする。」との協定が成立したことは債権者、参加人が明らかに争わない。債権者は、右協定が新入居者との賃貸借契約締結に当つて事前に債権者と協議しその承諾を得ることを前提としている旨主張し、また成立につき争のない疎丙第五三号証によれば、昭和四三年一月二二日附覚書により、債権者が右協定と同旨の条項を承認することを条件として、債務者が本件仮処分異議申立を取下げる旨の協定が債権者債務者間に成立したことが認められ(右異議申立の取下げは、昭和四三年一月二二日債権者の同意を得て債務者から書面を以て当裁判所になされた。)この認定に反する資料はない。しかし叙上の二協定は新入居者選定に関する制限があるとしても、債務者の本件ビルに対する賃貸借契約締結に関する権原あることを認容したものと解すべきであつて、これを否定し又は奪う趣旨を窺わせる資料はない。そうとすれば、以上いずれの点からも債権者が債務者に対して本件仮処分命令を維持し、或はこれを認可すべき被保全権利の存在は否定されざるを得ない。

次に参加人の債権者および債務者に対する東京地方裁判所昭和四二年(モ)第二四、五四七号仮処分命令申請について判断する。前示疎甲第三〇号証および疎乙第四号証の各記載と弁論の全趣旨を総合すると、右両書証作成の経過からして、昭和四一年三月三日以降本件ビルは債務者が単独で管理する権原を参加人から委託されたのであつて、右両者が共同管理を行う余地を残していたものと解することはできない。また債権者が債務者に対し本件ビル管理の権能を容認していることは既に認定している通りである。そうとすれば本件ビル管理の権能が挙げて債務者に帰属していることとなり、参加人、債権者はいずれも、債務者が本件ビルを使用し、又は第三者に賃借権を設定することを制約し或は阻止することはできない。従つて参加人に自ら使用又は賃貸する権原が存しないこととなり、自らの使用、賃貸に対する債務者の妨害の排除を求める権利の存在しないこと理の当然であつて、この点の被保全権利は否定されざるを得ない。また以上の理により参加人が債権者に対して債権者自ら行うと第三者を通じて行うことを問わず妨害の排除を求めることも意味のないこととなり、これを請求する法律上の理由も必要もないわけである。そうとすれば参加人の債権者および債務者に対する仮処分命令の申請はいずれも被保全権利を欠く失当のものである。

次に債務者の異議申立取下げの効果について判断する。債務者訴訟代理人は昭和四三年一月二二日本件仮処分命令に対する異議申立を取下げる書面を提出し、同書面上に債権者訴訟代理人が右取下げに同意する旨の記載がある。一般に仮処分命令に対する債務者の異議申立の取下げは、債務者において、口頭弁論により仮処分命令申請の当否につき審理を受けることをやめ、自己に不利な仮処分命令の効力を存続させることを容認するものである。従つて、異議申立の取下げはできるものと解せられる。次に右取下げについて債権者の同意の要否について考えるに、異議に基づく口頭弁論が開かれた以上、仮処分命令認可の判決がなされれば、債権者にとつて再び異議申立がなされないという反射的利益のあることは否定できないが、仮処分命令の暫定的性質、再度の異議申立の可能の点を考慮すると、債権者の右反討的利益の如きは訴取下の場合の被告の利益に比べれば、極めて小さく、むしろ仮処分手続の迅速性の要求や暫定的性質からすれば、控訴期間内の控訴取下げの場合に準じ民訴第二三六条第二項の準用はなく、債権者の同意は要しないものと解される。しかし仮処分異議手続において民訴法第七一条所定の当事者参加の許される場合においては、仮処分命令の効力を受ける当事者として、債権者の権利を否認し、参加人独自の範囲の異論申立をなし、又は債権者の被保全権利と矛盾する独自の仮処分命令を債権者債務者の双方に対し申請して参加しているのであるから、債権者の同意の有無に関せず債務者の異議申立取下げにより、異議手続が打切られ爾後異議事件係属がなくなると解することは参加人の当事者としての利益を不当に害するものとして許されず債務者の異議申立取下げには、参加人の同意を要すると解するのが民訴法第六二条第二三六条第二項の規定の趣旨に叶う所以である。そうとすれば本件手続において参加人の同意を欠く債務者の異議申立取下げの手続はその効果を発生するに由なく、異議申立は依然として係属しているものと解せられる。

なお参加人は債務者のために、補助参加の申出をしているが、独立当事者参加の申立が適法とされた以上、補助参加の申出は認められる余地がなく、補助参加人としての主張については判断をしない。

以上説示したとおり、債権者の債務者に対する本件仮処分命令は被保全権利につき疎明なく、疎明に代る保証を立てさせることも相当でないからこれを取消す(以上の取消のうち債務者の異議申立の範囲を超え参加人の申立のみにかかわる部分は新仮処分の申請であると同時に手続上仮処分命令に対する異議申立に基づく取消の性質をも兼ね備えているものと解せられるから保証を立てさせないこととする。)こととし、本件仮処分命令の申請を却下する。また参加人の債権者および債務者に対する当事者参加の申立にもとづく仮処分命令の申請は、前段取消にかかる部分を除き、いずれも被保全権利につき疎明なく、かつ疎明に代る保証を立てさせることも相当でないから、これを却下する。

訴訟費用については民訴法第八九条、第九二条、仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を適用する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 長井澄 小野寺規夫 佐藤寿一)

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